公開日:2026/03/29

更新日:2026/03/29

私が、飲食店を経営する会社に入社したきっかけは、飲食店を経営したい気持ちもあり、名古屋でオープニングスタッフを募集していたので、ホールスタッフで入社しました。本社は、東京の八重洲で、入社当時は八重洲近郊に11店舗経営するベンチャー企業でした。入社面談で初めての社長にお会いした時は、深く関わる事になるとは、夢にも思いませんでした。名古屋の初出店には、東京から本部長、やり手の店長も導入され、大分気合の入った出店だったようでした。行く行くは、この2人とも深く関わる事になります。私は、大人としては、未熟者でしたが、仕事はキッチリやるタイプで頑張りました。オープニングスタッフばかりで、上手くいかない事も多く、休みも無く働いた事を覚えています。仕込みから、片付けまで時間も長く非常にハードでしたが、トラックに乗って頃の3分の1位のお給料で、一ヶ月過ぎた位に辞めようと思いました。が、何故か本部長が仕事が終わると毎日、私だけご飯に連れて行ってくれて、社長の事や会社の事を熱く語るので辞めたいと言い出せずに3ヶ月目の社長面談で、来週から東京に移動しろと突然言われビックリでした。毎週東京の本社で営業会議が行われており、本部長と店長が私の事を持ち上げていてくれたらしく、社長のお目にかかった訳です。本部長と店長から社長のお話は、いっぱい伺ていたし、皆の憧れの社長だったので東京に行ける事は嬉しかったです。仕事は本当に厳しい本部長には、可愛がってもらっていたので、ありがたいお話しでした。ですが、これが壮絶な経験の始まりでした。秋葉原に出店するタイミングで、移動したました。ここでも本部長と一緒に仕事をしました。悪い捉え方をすると、文句を言わず真面目にやるので、都合良かったのかもしれませんが、私は、期待されていると勘違いして頑張りました。社長も本部長も大好きだったので、仕事がきついのは苦になりませんでした。が、休みどころか、寝る時間もなく、店で寝泊まりする日々が続き、地下のお店だったので日の目を見ない日もありました。3月入社で12月には、3店舗目の新店舗の立ち上げに加わていました。

入社直後に、会社はセントレックスに株式上場し、上昇真っ只中で、その渦に巻き込まれてしまった訳です。そこ頃は、パワハラとかブラック企業の言葉は知らず、今振り返ると無茶苦茶でした。12月の頃には、社長との距離も大分近く、頑張るしかない状況でしたし、本部長の手下の如く新店舗立ち上げは一緒でしたね。名古屋、秋葉原、秋葉原二号店、渋谷、新宿、大宮、横浜など立ち上げに携わって、店長になってエリアマネージャー的な仕事もさせて頂きました。その後会社は、M&Aを2度、出店も続け、入社後5年目位には、100店舗近くになって東証2部を経て東証1部上場会社になってました。頑張った甲斐はありました。只、いつまでもアスリート的に、動ける訳もなく45歳で、会社を後にしました。

この会社で出会った、方々には本当に感謝していますし、今でもお付き合い出来ています。語り切れませんませんが壮絶な経験でした。